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孫崎享氏の近著(2023/08/20)を読んで

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孫崎享氏の近著(2023/08/20)を読んで

 

はじめに

その近著とは、『同盟は家臣ではない』というタイトルで、「日本独自の安全保障について」という副題がついている。孫崎さんが外交官として本当に尽くしたかったのは、〝日本独自の安全保障〟確立への道であり、傘寿を迎えられ益々エネルギッシュに活躍されている原動力の一つは、〝同盟は家臣ではない〟ということを、外務省の後輩を含め、広く国民に知らしめることを自らの使命と心得ているからだと思われます。しかし、本書は、「日本独自の安全保障について」のみを扱っているものではありません。本書は、〝〈事実を知ることの大切さ〉と〈具体的に考えることの大切さ〉〟について幾つかの事例を通じて読者に痛感させ、〝外交官としての矜持〟を示し、そして、事実を知らせない〝マスコミへの怒り〟を私たちに呼び起こさせています。

 これから行う私の拙い本書の紹介を読まれた方は、ぜひ本書を手にとって読んでいただきたいがゆえに隔靴掻痒となってしまった私の紹介に失望されることなく、是非、孫崎さんの近著〈『同盟は家臣ではない』…日本独自の安全保障について〉に直接触れていただきたいと思います。

〈事実を知ることの大切さ〉と〈具体的に考えることの大切さ〉について

このことについて、「反撃能力=抑止力」論、尖閣諸島とその周辺の問題、台湾問題、憲法・自衛隊問題、及びウクライナ問題に関し、青山が得た要点を記します。

A

「反撃能力=抑止力」論の誤り

「反撃能力=抑止力」論の誤りについては、青山のホームページ6-2-4「ウクライナの平和への道と北東アジアの平和の維持のためのイニシアティブ」でも詳しく述べていますが、孫崎さんは、マスコミを使って危機を煽り、〝軍拡勢力〟の敵基地攻撃能力を持てば抑止力になる、だから、是が非でも軍備拡大をしなければならないという、相手を見ようとしない自己中心的な「論理」の〝荒唐無稽さとその危険性〟を鋭く指摘し、「敵基地攻撃を主張する人(防衛省関係者を含む)に次を聞いてみて欲しい」と言います。

①仮想敵国は日本を攻撃するミサイルを何発保有していますか

②そのうち何発が実戦配備され、何発の配置場所を正確に把握していますか

③「敵基地攻撃」で何発破壊できますか

④「敵基地攻撃」をされた仮想敵国はどのような報復攻撃をすると思いますか

 本書を読めば、〝戦争を起こさないための知恵〟こそ必要であることは子供でも分かるはずであるが、国民を騙すための〝荒唐無稽〟な「反撃能力」のペテンに自ら酔いしれている麻生さんは、台湾に行って「台湾有事に闘う覚悟」を説教する始末であり、マスコミは世論誘導のためにその映像を垂れ流しています。

B

尖閣諸島とその周辺の問題

孫崎さんは本書で、「尖閣諸島とその周辺の問題」について、①日中国交正常化当時の日本と中国のやり取りと両国の理解の詳細を明らかにし、その後の、「1979年5月31日付の読売新聞「尖閣問題を紛争のタネにするな」という社説」を引用するとともに、領有権の②法的な、国際的な位置づけ、連合国の対応、米国の対応を分かりやすく述べ、これらの事実を知ることの大切さを、私たちに、痛感させています。

 そして、孫崎さんは、2000年の日中漁業協定にもふれ、いたずらに紛争を作るのではなく、これらの外交の積み重ねのうえに「新しい枠組みの模索」として、①「南極条約の知恵の拝借」と②「尖閣諸島、その周辺海域を国際自然保護区」にすることを提案しています。

このような〝事実を知らせること〟の大切さと、このような経過を踏まえての尖閣諸島とその周辺海域の平和のための〝具体的な提案することの大切さ〟を再認識することは、今、「平和」や「憲法」の大切さを訴えている人たちにとって欠かすことのできない課題です。具体的な提案をもって平和を語らなければ国民の心を捉えることはできません。

C

台湾問題

孫崎さんは本書で、「台湾問題」について、「米国が中国にどのような約束をしてきた」のか、「日本は中国との間にどのような約束をした」のかをふり返り、2022年の世論調査で68.1%の人が当面現状維持を望んでいることも紹介(*1)しつつ、「米国と日本がこの立場を再確認すれば台湾問題は起こらない」と断言します。詳しくは、本書をお読み下さい。

☆なお、マスコミは米国の尻馬に乗って「習近平の野望」を喧伝し「台湾有事」を煽っていますが、私たちは、ご都合主義の「自由」と「民主主義」を掲げて自国の覇権と利益だけを追求する米国の「台湾有事」を煽る意図をしかり見抜くことが大切です。

 その一つは、「台湾有事」を煽れば煽るほど、民主党も共和党もお世話になっている軍産学複合体が儲かるという米国の金儲け戦略であり、もう一つは、「台湾積体電路製造」を「米国積体電路製造」に変質させて、半導体分野の覇権をより確かなものにしようとする戦略です。(*2)

私たちは、このように「台湾問題」でも外交を積み上げた〝事実を知ること〟が大切であり、怖い狼がいまにも襲ってくるかのようなプロパガンダに迷わされることなく、その積み重ねられた成果を覆そうとする国や人の意図を理解し広く明らかにすることが重要です。

(*1)「日中友好新聞」によれば、2021年9月に行われた世論調査では、「独立か統一か」の問いに対し、「すみやかに独立」が6.6%、統一志向が6.9%、「現状維持」が8割以上で、2021年10月に行われた世論調査で「中国による台湾侵攻がいずれは起きると思うか」を聞いたところ、「そう思わない」が64.3%であり、ペロシ訪台(2022年8月)後の世論調査でも「86.3%が基本的に現状維持」とのことです。

 なお、「日中友好新聞」(2023/06/1)は、張鈞凱氏(「香港01」駐台湾主席記者)によれば、「台湾でも最近『台湾有事』を目(耳)にするが、大半は日本人の手によるものだ。」との記事を載せています。

(*2)bloomberg(2023/04/21)は、米国のレモンド商務長官の「米国の台湾製半導体依存は『持続不能』で、『安全ではない』」との発言や4月に訪台したマコール米下院外交委員長(共和党)が訪台中に台湾の半導体産業について「侵攻に対して非常に脆弱(ぜいじゃく)な」戦略資産だと述べ、台湾から半導体のサプライチェーンを外す米国の取り組みに関して「窓は閉じられつつある」とし、「時間は多く残されていない」と語った」ことに対し、「台湾当局は水面下の協議などで、台湾積体電路製造(TSMC)製半導体への依存を巡る危険性の表現を和らげるよう米国側に促している」と台湾当局が「台湾有事」を煽る米国を牽制していることを報じています。そして、米国の戦略を理解した台湾外交部(外務省)の李淳政務次長は「『米国を半導体製造のグローバル拠点にする計画はない』とし、『その中心は引き続き台湾にある』」と述べ、台湾の国家発展委員会主任でTSMCの取締役も務める◯明△氏(◯は「龍の下に共」、△は「金の下に金金」という文字)もbloombergのインタビューで、「必ずしも起きるとは限らないリスクだけを理由に、企業が発注先をかえることはあり得ない」と語ったといいます。これらの台湾当局の人たちの発言は、米国の戦略に乗せられ、その結果、「必ずしも起きるとは限らない」としか言えない民進党のジレンマをよく現しています。

D

憲法・自衛隊問題

孫崎さんは本書で、「平和を守る根幹の憲法九条は当時の首相、幣原喜重郎の発案である」ことを明らかにし、自衛隊の前身である「警察予備隊」がマッカーサーの指示により「野戦に連れていく」ことを予定した装備(装備は全て米側が準備)をもって、「しかも米国の要請に応じて使用される虞が多分にある」「軍隊」として、国会の審議不要な政令によって作られたことを、後藤田正晴・内海倫・加藤陽三の各氏の「発言」を通じて見ています。

憲法九条を槍玉に挙げて「自主憲法制定」を叫ぶ改憲論者は、平和憲法が日本の首相の発案であり、「米国の要請に応じて使用される虞が多分にある」軍隊である自衛隊が米国から押しつけられたものであることを隠蔽して、世論を誘導しています。「事実を知り、事実を伝えることの大切さ」を痛感し、本書の普及を望むものです。

E

ウクライナ問題

孫崎さんは本書で、1990年のゴルバチョフとベーカー会談のメモランダムでベーカーが「NATO軍の管轄は一インチたりとも東方に拡大しない」と語ったことやバーンズ駐露米国大使が2008年の本国宛電報で「ウクライナに関しては、NATO拡大は国を二つに分離し暴力に導き内乱にまで導き、ロシアに介入の決断を迫るものになる」と警告を発していることを述べ、2022年2月24日に始まったロシアのいわゆる〝特別軍事作戦〟について、日本で「プーチン大統領の考えを最も知っていた」安倍元首相の「侵略前、彼らがウクライナを包囲していたとき、戦争を回避することは可能だったかもしれません。ゼレンスキーが、彼の国がNATOに加入しないことを約束し、東部の2州に高度な自治権を与えることができた。おそらく、アメリカの指導者ならできたはずです。」という「エコノミスト」とのインタビュー記事を紹介しています。

 しかし、日本では、2014年以降の米国のウクライナへの積極的な軍事支援とウクライナ国家公認のネオナチによるロシア系住民への攻撃等の事実は無視され、極悪非道のロシアがウクライナを侵略したウクライナの正義の戦争に出来る限りの支援をしなければならないという歴史の一コマを切り取り歪曲したプロパガンダが洪水のように流され、日本の政治の中心にいるはずの安倍元首相の声さえかき消され、あらゆる勢力がプロパガンダに飲み込まれ、ウクライナとロシアの人々の命よりも「正義の戦争」が煽られて、ウクライナ問題と結びつけて“北朝鮮や中国の脅威”を煽ることによって、日本の軍拡が新しい段階に飛躍しました。ちなみに、このウクライナ問題を扱った章のタイトルは「ウクライナ問題への対応がリベラル勢力崩壊の原因」です。事実を伝えずに「平和」と「国連憲章を守れ」と言うだけでは軍拡勢力の思うつぼです。

そして、この章では、歴史的経緯と現状をふまえ、和平の必要性を説くマーク・ミリー米統合参謀本部議長、イーロン・マスク氏、トルコ、中国、ブラジル、そして、森元首相の発言を紹介し、和平を考えるうえでの〝事実を知ることの大切さ〟〝具体的に考えることの大切さ〟、そしてなによりも、〝人の命の大切さ〟を再認識させてくれます。

 孫崎氏は本書で、「仮にウクライナが①自国へのNATO拡大を求めない。②「東部に「自決権」を与えよ」を認めれば戦争は終結する。」と断言していますが、ロシアがそれでも戦争を続けるとすれば、私も──テレビでしきりに“ロシア帝国の復権を目指すプーチンの野望”を喧伝する軍拡主義者たちを嘘つきとみなしてきたことに──猛省しなければなりません。なお、日本の軍拡主義者たちは、ロシアが戦争をやめてロシアに帰ればウクライナに平和が来ると言いますが、私は、その時、ウクライナの東部2州がヨルダン川西岸地区やガザ地区のような状態になる蓋然性が高いと思っています。

なお、本書には、オバマ政権の副大統領として2014年のマイダン革命以降のウクライナへの軍事支援やNATOの拡大について積極的に発言していたバイデン大統領が、2022年2月のドイツのショルツ首相の訪米時の共同記者会見で、「もしロシアがウクライナを攻撃したら、ノルドストリーム2はなくなる。我々はそれを終わらせる」と述べたことが記載されていますが、ロシアは国連に於いてノルドストリーム爆破への米国の関与を調査するよう再三要請してきました。この件は、最近(2023/11/14にNHK報道)になって、ウクライナ軍の特殊部隊がゼレンスキー大統領にも知らせずノルドストリームを爆破したということで話しがまとまりそうな様子である。

外交官としての矜持

 

外交官としての矜持

私が本書をつうじって強く感じたのは、本書全体に流れている孫崎氏の外交官としての矜持です。

 その一つが、孫崎氏は国益を考えるが、国の勝ち負けではなく、国民の命の大切さを第一に考えるということ。

 そしてもう一つが、外交の成果、「約束を守る」ということの大切さです。エンゲルスは『資本論』の第三部の序文で「科学的な問題に携わろうとする人は、なによりもまず、自分が利用しようとする書物をその著者が書いたとおりに読むことを、またことに、そこに書いてないことを読み込まないようにすることを、学ばなければならないのである。」(大月版④P30)といっていますが、外交も偏見を持たず相手のことを相手の立場に立ってお互いの妥協点・合意を見いだすことに努力することが重要です。孫崎氏は、こうして得た外交の成果、その「約束を守る」ことが「平和の第一歩である」と言います。

 そしてなによりも、日米安保体制のもとで外交官として禄を食んできた孫崎氏にとって本書のタイトル「同盟は家臣ではない」という思いと「日本独自の安全保障」への渇望は、外交官としての孫崎氏の矜持をあらわす心からの叫びなのだろう。

マスコミへの怒り

 

マスコミへの怒り

私は本書から、「反撃能力=抑止力」論、尖閣諸島とその周辺の問題、台湾問題、憲法・自衛隊問題、及びウクライナ問題をピックアップし、〈事実を知ることの大切さ〉〈具体的に考えることの大切さ〉について見てきました。

 「マスコミへの怒り」とは孫崎氏のことではなく、私の怒りです。

 テレビのBS番組は4も5も6も8も連日のようにウクライナ問題の放映をしていますが、「非道なロシア軍」と「正義のウクライナ軍」とがたたかう、戦況の話しばかりです。「非道なロシア軍」の歩兵だって、「正義のウクライナ軍」の歩兵だって、それぞれの陣営がかれらの屍の犠牲の上に敵から陣地を奪うための消耗品にすぎない。そんな兵士の命の重みの話しなど微塵もないし、どうすればウクライナ4州の人々が平和に暮らせるのかということなど考えもしない。よってたかって「正義の戦争」を煽り、日本国民に「正義の戦争」の準備を促す。

 マスコミが、ウクライナをめぐる歴史的経緯と現状を正しく伝え、安倍元首相の考えやバイデン大統領のショルツ首相の訪米時の共同記者会見での発言等をしっかり国民に伝えていたら、これらのBS番組の司会者たちや出演者たちも、恥ずかしくて、こんなノー天気な「正義の戦争」の話しなどできないはずです。だから私はマスコミに怒っています。

そして同時に、かつて〝正義の味方、真実の友〟と『赤旗』を称し、輝きを放っていた「共産党」が、ウクライナ問題で「国連憲章を守れ」とは言うものの「ロシアの無法を厳しく批判し、ロシア軍の即時撤退を求めてきた」(日本共産党第29回大会決議案)だけで、国連憲章の「第一条の2項」(*)には全く触れず、ウクライナをめぐる歴史的経緯と東部2州等の現状を正しく伝える使命を忘れていることに、私は、大いに、失望しています。

 そして私は、『赤旗』が、もう一度、〝正義の味方、真実の友〟に生まれ変わり、日本の良心の防波堤になって大軍拡の嵐を防ぐ一助となることを期待しています。

(*)国連の目的を定める国連憲章第一条の「2」項には「人民の同権及び自決の原則の尊重に基礎をおく諸国間の友好関係を発展させること」が掲げられています。

なお、是非、ホームページ6-2-3「絶対に許せないプーチンのウクライナ侵攻を〝俯瞰〟する」及びホームページ6-2-4「ウクライナの平和への道と北東アジアの平和の維持のためのイニシアティブ」も参照して下さい。